020:楽 酒神のおはしますればこの森の楽の音もまた酒のかおりよ
古くから日本には屋敷森というものがあります。
田舎の旧家を取り囲んで鬱蒼と茂る木立はその木の下闇の中に家の歴史を秘めています。
明治の元勲のヒゲのようにいかめしい様相の杉やヒノキがそびえ立つといった、
見ているこっちが恐れ入ってしまうような立派な屋敷森のある家というのも最近ではなかなかお目に
かかれなくなりましたが(手入れが大変なのも事実です)、
たとえばけっこうな都会の中の神社にも、それを守るかのように、森が残されています。
森は神の住まう聖なる場所でもあるのです。
ヨーロッパにおいて、森は魔女や妖精の住まう不思議な空間でありました。
しかし産業革命以降、森は木材の供給源と成り下がり、妖精や魔女が目撃される事もなくなりました。
やがて昼だに暗かった黒い森(シュヴァルツシルト)は切り開かれ、
美しかったドイツの青い空には工場の煙が吐き上げられるようになります。
近代人たちは科学の力で魔法の森を征服していったのです。
近代とはすなわち、妖精のいない森を視るという態度に立脚した時代ではなかったでしょうか。
さてさて。
私の住むまち、そしてあなたの住むまちに、
不思議なものがそっと生きていけるような森があったらうれしいですね。
光さす春木立